تسجيل الدخول第6話 隙のない乗り換え
蓮はグラスの赤ワインを揺らしながら、軽く鼻で笑った。
「チャンスは準備している者のもとに来るんだよ」
「……」翔太は言葉を失った。
まあ、その言葉には大いに同意する。
てめえは人の婚約者を丸一年も狙い続けて、ようやく隙のない乗り換えを決めたわけだ。
まったくもって、図々しさの極みだ。
俺様もお前を軽蔑する……。
「よくやった!」
これ、かなり良心が痛む発言だった。
「あいつは彼女には釣り合わねえ」
蓮はワイングラスを揺らしながら、その赤を通して……今でも鮮明に覚えている。初めて会った日、彼女は赤いワンピースを着ていて、不意打ちのように彼の目に飛び込んできた。
一目で、魂まで奪われた。
「……」
瑛士は前世でよっぽど悪いことでもしたんだな、お前なんかに出会ってしまって。
一年前、瑛士が婚約して初めて彼女を連れてきた時、翔太は蓮の様子がおかしいことに気づいていた。
こいつ、人の婚約者に目が釘付けで、一晩中、百回はチラ見してた。
で……一ヶ月後には、やたらと色気たっぷりに、へその下一寸のところに、妖しく蠱惑的な黒薔薇のタトゥーを斜めに彫りやがった。
しかも葉っぱの部分には、くっきりと『美月』の文字が。
ありえないにもほどがある。
もちろん、俺も前世で悪いことしたんだろうな……このタトゥー、俺が彫ったんだから。
天地神明に誓って! なんでまだ若い俺がこんなことに付き合わなきゃならんのだ?
それに、これから瑛士とどう顔を合わせればいいんだ?
あいつ、俺が知ってた上に協力者だったって知ったら、追いかけてきて刺すんじゃないか?
「蓮、俺様はお前のためにとんでもなく犠牲を払ってるんだぞ……このびくびくした不安な心、ちゃんと補償しろよな……」
蓮は冷ややかに笑った。
「そんなにビビってんなら、金出してやるから海外で性転換でもしてこい」
「……」翔太は言葉を失った。
お前、それ人間の言うことか? うちのアラスカン・マラミュートのほうがまだ人間味がある。
「蓮、ひとつ訊くけどな、入籍には戸籍謄本が要るんだぞ。美月ちゃんの戸籍謄本、ちゃんと彼女の手元にあるのか?」
蓮は危険な目つきで桃花の瞳を細めた。
「誰がちゃん付けだ? その名前、お前が呼んでいい名前か?」
「……」
くそったれ。
名前くらいで、そこまでムキになるか?
つーか、そこがポイントかよ?
蓮はグラスを置き、車のキーとスマホをつかんで外へ向かった。
翔太はそれを見て慌てて訊いた。
「どこ行くんだよ?」
「帰る」
蓮は二言だけ残して去った。
「……」
てめえ、ここに泊まるって言ったじゃねえか。
蓮は車を走らせて別荘に戻った。
相変わらず、家はいつものようにもの寂しいほど静かだった。
だが、蓮にはどこか違って感じられた。
二階への足取りはやや速まったが、客間の前に着くと、彼はゆっくりと歩を緩め、一分間じっと佇んでから、手を上げてドアをノックした。
美月はまだ眠っていなかった。見知らぬ環境でそこまで図太くはなれない。
突然ノックの音が聞こえて、彼女の瞳がわずかに止まった。
……蓮? 帰らないんじゃなかったの?
まさか……もし別人なら、自分の腕で勝てる自信はある。でも蓮は、腕っぷしが相当強いと聞いている。
彼女は唇を少し引き結び、それでも立ち上がってドアを開けに行った。
ふわりと酒の匂いが漂ったが、特別不快な匂いではなかった。
「お前の戸籍謄本」
「……は?」
蓮は片眉を上げた。
「俺だって初めての入籍でも戸籍謄本が要るってことくらい知ってる。お前、まさかそれすら知らねえのか?」
「……」
誰をバカにしてるの?
「それで、真夜中にわざわざ、それを言いに来たの?」
メッセージの一つも送ればいいじゃない。
「持ってないのか?」蓮の眉がわずかに寄った。「よし、橘家に取りに行くぞ」
美月は彼が伸ばしてきた手をパシッと払い、無表情で彼を見つめた。
「明日取りに行くわ」
今は深夜零時だ。橘家の怒りはもう家が燃え上がるほどで、まさに彼女を探し回っているところだろう。
わざわざ怒鳴られに行くほど、彼女はバカじゃない。
第168話 和解しましょう美月が階下へ降りても、蓮の姿は見当たらなかった。すると、村上が近づいてきた。「若奥様、おはようございます。若様でしたら、クラブに用事があるとのことで、朝食をご一緒できず申し訳ないとおっしゃっていました」美月は頷いた。「若奥様、朝食はすぐにご用意いたしましょうか?」「ええ、お願い」彼女はそのままダイニングへ向かった。席に着くと、すぐに使用人たちが朝食を運んできた。もともとかなり空腹だった美月は、目の前に並べられた豪華な朝食を見て、ますます食欲が湧いてきた。朝食を済ませた後、彼女は自ら車を運転して会社へ向かった。自分の会社のフロアを出たところで、どこか見覚えのある人物が目に入った。――あれは、下の階にある芸能事務所の、あのスターのアシスタントじゃない?あの日、確か「宝生」という姓を名乗っていたはずだ。「ここで何をしているの?」どうやら、受付やフロアの警備も早急に整えたほうがよさそうだ。そうでなければ、誰でも簡単に自分の会社へ出入りできてしまう。宝生美咲も、まさかここで美月と鉢合わせするとは思っていなかった。少し速くなった鼓動を落ち着かせながら、彼女は一枚の美しい招待状を取り出した。「橘さん、こんにちは。私は音さんのアシスタントをしております。今日は音さんの誕生日で、夜に誕生日パーティーを開くんです。それで、橘さんにもぜ
第167話 疲れてなんかない深夜十一時半。蓮はようやく車を運転して家に帰ってきた。この時の彼の気分は、決して良いものではなかった。何せ、これだけの時間が経っても、手がかり一つすら掴めていない。さすがに気分が悪かった。この黒幕は一体、誰なのか。自分の行動を把握しながら、しかも尻尾を一切掴ませずに逃げおおせた。この二点だけでも、蓮が気にしないわけにはいかなかった。だが、階段を上る頃には、彼の陰鬱な表情はすっかり消えていた。代わりに浮かんでいたのは、いつもの気だるげで余裕たっぷりな表情だった。主寝室の前まで来ると、彼はためらうことなく扉を押し開けた。すると、真っ暗だった部屋が一瞬で明るくなった。蓮はすぐに大きなベッドへ目を向けた。「こんな時間になっても、まだ寝てないのか? もしかして……俺がいないと眠れなかったのか?」美月は彼の言葉を聞くと、思いきり白い目を向けた。こんな時になっても、相変わらずふざけたことばかり言っている。「あなたが調べていた件は、どうなったの?」「……」蓮は、美月がこのことを聞いてきたのは、昼間の出来事で怖い思いをしたからだろうと思った。彼は彼女のそばに寄り、慰めるように言った。「警察に任せてある。あとは結果を待てばいい」そう軽く言ったのは、何より彼女に心配をかけたくなか
第166話 さすがにこれは腹が立つ蓮たちが家に帰り着いたのは、夜の七時半を過ぎた頃だった。村上は二人が帰ってきたのを見るや、すぐに口を開いた。「夕食の準備ができております!先にダイニングへどうぞ!」蓮は頷いた。「ああ!それじゃあ先にご飯にしよう!」二人は一緒にダイニングへ向かった。テーブルの上の料理は、相変わらず豪華だった。何しろ、二人とも空腹だった。今回は食事のペースも、明らかに速かった。食後、蓮は珍しく美月にまとわりつかなかった。「俺は用事があってちょっと出かけてくる。戻りは遅くなるかもしれない。お前が疲れていたら、先に休んでいてくれ。俺のことは待たなくていい」美月は、彼が何をしに行くのか分かっていた。何せ、昼間のあの追撃の件を、蓮がそのままにしておくはずがない。そう思い、彼女は頷いた。「わかったわ」蓮は時間を無駄にしなかった。美月に別れを告げると、すぐに出て行った。美月も二階へ上がった。一方、蓮はクラブのオフィスへやって来た。彼が入って間もなく、秘書の恒も入ってきた。恒は足を踏み入れた瞬間、オフィスに漂う重苦しい空気を感じ取った。とはいえ、無理もない。何せ社長は、白昼の高速道路で襲われたばかりなのだ。しか
第165話 危機一髪の連続美月はスピードを落とすよう言わなかった。運転手はプロだからだ。それに、蓮なら何か考えがあるはずだと信じていた。それで彼女はこの件を気にせず、スマホを取り出して眺め始めた。だが、スマホを眺め始めて間もなく、彼女は違和感を覚えた。……車内の空気が、ひどく張り詰めている。彼女は前方の運転手とボディーガードを見た。二人とも、表情がひどく険しい。見間違いでなければ、運転手はハンドルを握る手に、血管が浮き出るほど力を込めている。そこまで力むことある?視線を戻すと、隣の男の表情もわずかに険しくなっていた。彼女の視線に気づいたのか、蓮が振り返った。「どうした?」……それはこっちの台詞だろう。「何かあったの?」蓮は彼女の美しい顔を見つめた。「……何でもない。嫌な虫に絡まれてるだけだ」「……」美月は言葉を失った。とはいえ、それ以上聞く暇はなかった。彼女が前方に目を向けた瞬間、その目が大きく見開かれた。「前の車……」もう、ぶつかる――!蓮は間一髪で彼女の手を握った。「怖がるな。運転手の腕は確かだ。こんなの、朝飯前
第164話 事故じゃない美月は彼の言葉を聞いて、思わず眉をひそめた。「私は悲しんでなんかいないわよ。ただ、さっきよりずいぶん空が曇ってきたなって思って……大雨が降るんじゃないかって」「……?」蓮は絶句した。胸いっぱいに詰め込んでいた慰めの言葉が、喉元でつかえて出てこなくなった。「悪かった。俺の早とちりだった」その言葉に、美月はぷっと吹き出した。「あなたって、本当に面白い人ね」彼女の心に残っていた陰鬱な気分は、あっという間に吹き飛んでしまった。蓮はニヤリと笑った。「美人の笑顔のためなら、命を懸けたって惜しくない」美月は一瞬で額に青筋を浮かべた。――そこまでしなくていいわよ。「ほら、お前も疲れただろ。ゆっくり寝てろ。着いたら起こしてやるから」昼間に寝ておけば、夜はゆっくり休める。いい考えだ。「うん」美月は頷いて、目を閉じた。もともと彼女は、蓮とあまり話したくなかった。また彼の口から、答えに困るようなことを言われるのが嫌だったからだ。ところが、目を閉じて間もなく、本当に眠ってしまった。蓮は、美月の呼吸が次第に穏やかになっていくのを聞きながら、運転手に車内の温度を快適な設定に調整するよう合図した。それから、美月の寝顔をじっと見つめた。
第163話 それは全部、嫁に上納しなきゃなその頃、蓮は自分が誰かに狙われていることなど、知る由もなかった。二人は墓参りを終えて山を下り、帰る準備をしていた。「もう帰るの? おじさんたちに、一応挨拶していかなくていい?」美月は蓮を横目で見てから、遠くの山へ視線を向けた。「先におじさんたちに挨拶して、それから出発しましょう」「それならいい」蓮に異論はなかった。早く帰るに越したことはない。何しろ、ここは空気がきれいなこと以外は……どうしたって帝都には敵わない。何より、あの宿のベッドが家のベッドに敵うはずもない。それに蓮は、指を折りながらひそかに計算していた。美月の「あれ」は、昨夜で終わったはずだ。今日には完全に終わっている。ここ数日ずっと我慢していたから、もうたっぷり溜まっている。――それは全部、上納しなきゃな。環境が良ければ、楽しみも倍増する。車は再び叔父の家の前に停まった。正人たちは外には出ていなかったが、車の音で二人が帰ってきたことに気づき、家の中から出てきた。ちょうど、美月と蓮が車から降りるところだった。「美月、墓参りは終わったのか? もう帰るのか?」美月は頷いた。「はい、おじさん、おばさん。向こうで用事があるので、そろそろ帰ります。また今度、時間があったら会いに来ますね」